CDの買い方で「ジャケ買い」という買い方がある。
ジャケットの装丁や色合を「いい!」と思ったら買う。
もちろん視聴はしない。
・・・という貴族な買い方のことだ。
今回、ネコ缶は今回ご紹介するこの本で、それをやってしまいそうになった。
「名探偵と海の悪魔」
青と黒のシックな装丁。
ちょっとオカルトチックな海の絵に、クラシカルなレタリングのタイトル。
クラっとするよな。
同じ作者の「イヴリン嬢は7回殺される」も似たような感じやったな~。
おまけに舞台は1634年の中世。
船の中で事件が起こるときた。
「ナイルに死す」を思わせる設定に、絶対読もうと決心。
⇒「ナイルに死す」詳しくはこちら
おまけに「名探偵と海の悪魔」は「このミステリーがすごい2023年海岸版」の第4位ときたら・・・・
ますます読むしかないと思うよな!
詳しくみていこう。
Contents
スチュアート・タートン「名探偵と海の悪魔」 あらすじ
時は1634年。
バタヴィアからアムステルダムへ、たくさんの財宝を載せて向かうザーンダム号。
乗組員や家族が船に乗ろうとごった返していたその時、1人の血染めの包帯で全身をまとった男がこう宣言した。
この船がアムステルダムに到着することはない!
最後の言葉が発せられた時、その男から炎が上がった・・・。
何とも不気味な出航となったが、その時
風を受けて翻った帆に悪魔「トム翁」の印が黒々と浮かび上がったのだ!
出航後にも、次から次へと起こるトラブル、事件・・・・。
そして最後には殺人事件が起こってしまう。
あの男の言ったことは現実になるのか?
この謎に立ち向かうにも、名探偵サミーは牢につながれている・・・。
「このミステリーがすごい・2023年海外版」第4位の話題作!
スチュアート・タートン「名探偵と海の悪魔」 感想
「名探偵と海の悪魔」は428ページもあるうえ、テーマがテンコ盛りな作品だ。
ざっと挙げただけでも、テーマはこれくらい思いつく。
- ミステリー
- 海洋冒険譚
- ラブストーリー
- 登場人物の成長物語
それぞれのテーマに沿って中身をみていこう
ミステリーとしての「名探偵と海の悪魔」
ミステリーといえば殺人事件が起こったり、高価なものが盗まれたりした後に、名探偵や刑事が犯人を見つける・・・というのが王道パターンだ。
だがこの「名探偵と海の悪魔」は、名探偵はいるのだがなんと牢屋につながれているのだ。
なので実際に動くのは助手のアレント。
最初はサミーを夜中に牢屋から出して相談をするが、徐々にサラとタッグを組んでいく。
その「バディ交代」がいろいろな物語を生んでいくという、ちょっと奇妙なミステリーでもあるのだ。
さてザーンダム号では、いろいろな事件が起こる。
大きな事件はこの3つだ。
- サラの船室を外からのぞく、死んだはずの血染めの包帯男の正体は?
- 2件の殺人事件(密室殺人含む)
- 「愚物」盗難
これに加えて、小さなこの4つ謎もある。
- 東インド会社の未来を託せる「愚物」とは何ぞや?
- 「ラクサガール」とは何ぞや?
- アレントの失ったはずのロザリオが、なぜここに?
- ラスト近くに出てくる島の謎
さらにさらに、これらの大小の事件に加え、食料も足りないうえに登場人物の過去なんかも絡んでくる。
大きな密室ともいえる、ザーンダム号の中での殺人事件・盗難事件に加え、さまざまなオカルト要素を加えられた「名探偵と海の悪魔」は独特の仕上がりになっている。
前作「イヴリン嬢は7回殺される」よりは読みやすいが、やはり似たような、独特の世界観だ。
ミステリーとしてのラストは少々(いやかなり)ビックリして、拍子抜けもする。
また、生き残った全員が、悪魔に魂を売ったかのようにも錯覚してしまうような幕切れだ。
このラスト、この雰囲気は、大きく好みが分かれるところだろう。
海洋冒険譚としての「名探偵と海の悪魔」
「名探偵と海の悪魔」はなんといってもその舞台(船)と、時代設定が面白さの8割を占める。
エンジンもない船で、風と人力と運のみでインドネシアからオランダまで行くなど、一体どれくらいの勝算だっただろう。
嵐や海賊に運よく遭遇しなかったとしても、この時代の航海につきものの栄養失調や不潔が原因の病が間違いなく襲い掛かる。
そして乗組員たちの、激しいケンカなども普通にあったらしい・・・。
こういった当時の航海について、優しく解説している絵本などがあるので、読んでから「名探偵と海の悪魔」を読まれることをおススメする。
またこの時代は、悪魔がリアルに信じられていたころだ。
船の中にトム翁という悪魔がいるなどという事になったら、どれだけの恐怖だったろうか。
もうこれだけでもお腹いっぱいな設定で、海洋冒険譚が好きな人なら楽しめるだろう。
ラブストーリーとしての「名探偵と海の悪魔」
牢につながれたサミーの代わりにアレントが探偵をするのだが、アレントにも助手が必要。
それを務めるのは、なんと総督の妻・サラだ
アレントは実は総督の甥ということなので、この2人は義理の叔母・甥になる。
虐げられていた若妻サラは、アレントの誠実で優しい人柄に次第にひかれていく。
アレントもサミーと一緒に探偵業をしていた(らしい)のだが、いつもサミーの実力に引け目を感じていた。
この少々複雑な事情を抱える2人ががっちり組み、心を通わせながら事件に立ち向かっていく様は、どんよりした物語の一種のカンフル剤になっている。
というハラハラと共に
という事にもハラハラする展開だ。
登場人物の成長物語としての「名探偵と海の悪魔」
高級船員、総督、東インド会社関係者などの男性キャラ達は、このひと言に尽きる。
残虐・狡猾・乱暴・強欲
実は名探偵サミーも、有能ではあるけど、そこまでいい人ではないしな~。
ところが女性キャラは、かなり個性的かつ魅力的に書かれているのだ。
- サラ・・・総督の妻で虐げられているが、聡明にて勇敢
- リア・・・サラの娘 いわゆる理系の賢さがあるが、この時代の女性らしく、その才能を封じ込まれている
- クレーシュ・・・総督の愛妾 いわゆるモテキャラ どんな男性もいちころのコケティッシュな美女
- イサベル・・・解放奴隷 敬虔なクリスチャン
何事も無ければ、全員17世紀の女性らしく普通に夫にかしずき(イザベルは信仰に生き)子供を育て、才能を生かすことなど考えもせずに一生を終えたかもしれない。
だがこの船の事件により、4人は自分の持てる実力を発揮しだす。
男たちがケンカや暴虐、自分の利益確保に明け暮れているのと、実に対照的で爽快だ。
「名探偵と海の悪魔」は実際に起こった「バタビア事件」を元に書かれているのは明解。
⇒バタヴィア事件詳しくはこちら
凄惨なバタビア事件の陰でも、こんな風にしがらみから解放された女性がいるといいなあ・・と思うネコ缶なのだった。
スチュアート・タートン「名探偵と海の悪魔」 まとめ
ネコ缶評価
スチュアート・タートンは実は2冊目
前作同様、相当な長編なうえ、かなり独特の世界観で好みが分かれるかもしれない。
なので、これも「ザリガニの鳴くところ」と同じく、こう読むことをおススメする。
⇒「ザリガニの鳴くところ」詳しくはこちら
「名探偵と海の悪魔」は、ミステリーではなく海洋冒険譚「1634年のタイタニック物語」
もっと「このミステリーがすごい」の作品が読みたい方はこちら⇒面白いこと間違いなしの「このミステリーがすごい」ランキング入賞作はこちら